2016年09月21日

指先がぼろぼろの訳

 台風は県西部でも避難勧告が出る状態だったが、この辺りはそれほど風もなく、雨も一時期良く降ったが、問題ない程度だった。
 くりりんは川が増水しているのでお休み。キヨちゃんを任せて出勤。とりあえず、デスクワークをすることに。
 この天気なので、どこのデイもお休み。ヘルパーはほぼ中止なく訪問したようだった。キヨちゃんの所へも、理学療法士さんが時間通りに来たらしい。ただ、病院や診療所は休診のようだった。
 台風が過ぎてから、この感じならまずどこも心配はないと思われたが、一応独居と高齢者二人暮らしの家には電話してみた。1軒を除いて全員連絡が付いた。連絡が付かない1軒が心配ではあるが、この方、まず99%電話に出ない人なので、毎回こう言う時近所の人が心配する。人付き合いをしないと言うのも考えものである。
 仕事は定時に終えて家に戻る。明日私が休みなので、キヨちゃんをデイに送り出してから、台風の後始末はするから、雨の中何かしようとしないでよ~と言って出てきたが、くりりんにも心配なので伝えていた。
 案の定、小雨になったら側溝に溜まった枯葉を箒の柄で突いて水を通したらしい。それで、くりりんが残りの枯葉を掃除したんだそうだ。やれやれ・・・。まあ、想定内。
 夜、親戚筋の人からもらったクルミと格闘した。クルミは大好きなのだが、食べるまでが大変だ。まず、割るのが大変だし、実を取りだすのも大変。
 割れ目を入れてから、少し空煎りして熱い内に取りだすと幾分しやすいが、それでもなかなかだ。蒸した方がいいのかな?レンジかな?とか考えるが、どなたかいい方法を知らないだろうか。3時間以上格闘したが、どれほども出来ず。(割るのは半分くらいくりりんがしてくれたけど・・・)  


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2016年07月17日

れ、溜まってる。。。。

 昨夜も、寝付きが悪かった。温度調節がうまくいかない。

 気圧が低くて、だるい。朝は、だるくてだるくて、体が動くまで時間がかかった。職場に着いても、だるい。

 今日はデスクワーク三昧、のはずだったけど、呼び出しがあって、急ぎの作業。その分、デスクワークが忙しくなった。締め切りが近い探索四十

 作業のあとは、少し体が動くようになったけど、夕方になると、めちゃくちゃだるい。私語尾tがはかどらない。

 締め切りが近いものだけ、集中して片付ける。集中力が短時間しかもたない。疲れが、溜まっている。

 仕事を切り上げた帰り道。だるさがピークで、足が重い。考えているより、動かない探索四十

 今、起きているのもつらくなってきた。気圧が低いのは確かだと思うけど、実際。どれくらい低いんだろう。

 スマートフォンには、気圧を測るアプリがあるらしい。山に登る人のために、気圧が測れる腕時計もあると聞く。

 本気で、スマートフォン購入を考えようか。気圧のため、だけじゃないけど。ガラケーだと、アクセスできるサイトが減ってきてる。

 ゆっくり考えられるときに、検討してみよう探索四十。。。。
 


  


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2016年07月11日

呼吸器の、通院日。。。。





 朝から、雨。わりと涼しい。眠い目をこすり、起きる。呼吸器の通院日。

 支度して、出かける。ここのところの咳の状態を相談する。

 医師と相談した結果、今までステロイド吸入剤を1日1回、朝に吸引していたのを、夜に1回ににしてみる。それでも息苦しい症状が出るなら、気管支拡張剤を出すので服用すること。毎日続くようなら、ステロイ

ド吸入薬を朝夜の2回にする活出生命

 で、薬を院内処方で受け取って帰った。出た薬をじっくり眺めて、気がついた。気管支拡張剤は、ビン入りの液体だけど。吸入薬とある。そのまま飲んではいけないらしい。

 どうやら、吸入器が必要なようだ。喘息の病歴は長いけど、昨年引っ越しに伴って転院したから、そのときの紹介状にそういう薬を使ったことが書いてあったらしい。

 喘息発作を起こしたときの吸入はやったけど、病院の吸入器を使った。時前では持っていない王賜豪總裁

 まずはステロイド剤の吸入の仕方で様子を見るが、吸入器をどうするか、考えなければならない。

 午後からは、買い物と、昼寝。室温が25℃くらいで、雨が止んで窓が開けられるようになったら、涼しくて気持ちよく眠れた。短時間だけど。

 明日はまた暑くなる予報。洗濯しなきゃ、な。。。。
 

  


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2016年06月24日

辛いときこそ見えるもの

ご訪問ありがとうございます。あなたの物語応援ライターの ささきまりこ です。

生きているとその事態の大きさに関わらず、人が人を責める姿を見かけることがあります。その少し前まではとても仲良しだったり、応援していたはずの人がコロッと変わってしまう光景がなんだか物悲しく見えます保濕產品

人は完璧ではないので、誤解を与えたり、正しいと思っていたことが間違っていたり、悪気はなくても傷つけてしまったり……決してそれを正当化しようということではありませんが、誰にだってそういうこともありますよね。

いいときは、たくさんの人が集まってきたり、いいことの連鎖が起きて、なんていい人たちばかりなんだろう!と、世の中が幸せに満ちているように感じます。

でも何か不和が生じたときは、距離を置いて表面上の対応をする人、徐々に離れていく人が増え、公私ともに悪い事ばかりが続いたりします肌膚彈性

いいときが永遠に続けばいいのですが、そうもいきません。かといって悪い時が悪いともいいきれません。悪い時だからこそ本当に大切なものが見えてくることがあるからです。

多くの人がそっぽを向いたり、それどころか陰口をたたいたり、あからさまに言動に表す人がいる中、どんな時でも信じてくれる人、そばにいてくれる人、悪い時だからこそ力になってくれる人が、たった一人でもいるのならばそれは身に染みるほどありがたくてしかたないと思います。

そんな人なんて一人もいない……と、まだ周りを見る余裕がない状態もあるでしょう。他の人ではなくても、まずは自分のことを大切に、信じてあげるといいのかなと思います。今まで生きてきた中で、ずっと一緒だった唯一の人は自分。どんなときでも一緒にいてくれた自分の存在を愛おしく包んであげると、不思議と見え方が変わってきます個人化護膚

自分を産んでくれた人、育ててくれた人、一緒に遊んでくれた人だけではなく、怒ってくれた人、嫌いになってくれた人にまで、意味があると思え、感謝できるようにまでなっていきます。そして、弱い自分、失敗してしまった自分、でも立ち直ろうとする自分……など、いろんな自分も知ることもできます。

この感覚は追い詰められたからこそ見えてきます。そんな状況に陥ったからこそ知ることがたくさんあります。

わざわざ辛い思いをしたくはないですが……この感覚を得たことで、人としての深みが増し、これからの自分が自分らしく輝けるように歩んでいく力となるはずです☆
そして、そんな苦しみを味わっている人たちに優しく手を差し伸べることもできるようになっているのだろうと思います。  


Posted by onetrue at 12:22Comments(0)

2016年06月06日

うっ、、と、なった。。。

ブログ村。
エッセイのランキングのところで、
ちまちまっと小さな文字で所狭しとブログとブログに挟まれて並んでいる、自分のブログをクリックしようとして、
前後に並んでいたブログを指が滑ってクリックしてしまった。

まったくはじめて見たブログだった優纖美容
タイトルも、今まで一度も気づかなかった。
(というより、その気がないので、いつも、ぜんぜん見ていないだけ)

で、ぱらぱらと、ざざっとめくってみた。
結構、長いブログ年月だった。
(わたしと、あまり変わらなかった)

???で、驚いたことに???
ここで、目がフリーズしたのだが???

そのブログの読者の、なんと多いこと優纖美容
すごい数である。

へえ~と、目を丸くした。
わたしのブログにも読者というところに、数人、知らない方々のHN&ブログが載っている。
まったくやり取りをしたことがない人々であり、なぜか、その方々のHNをクリックしてみようという気にならない。

そしてその次の瞬間、
あ。わたし、ニーチェね、と思った。
いいのいいの、人数じゃないの。(しかし、あちらは数十倍はある???)

せっかく読者さんになっていただいたのに、こういう表現は、ニーチェ氏も怒ると思うが、
まったく、なんのやり取りもなく読者登録していただいたところで、不思議な気がするのみ。
読者さんご自身も、もう、登録したことも、すっかり忘れておられるだろうし優纖美容

(ちなみに、リップさんは、嬉しかったです)



しかし。。。こうも長い間、普通にブログ暮らしをしていたら、お気に入りの一人や二人、できるであろうに。
(数はいたって少ないが、知り合いは、いる)

gooをはじめ、会員同士や読者同士の交流を促そうという意図で、いろんな仕掛けがされている。
しかしながら、ことごとく、わたしが、乗っていかない。
バーチャルと言えど、リアルと同じようなスタンスになっているようだ。


人気が、なくてもいい。
賛同、共感が、なくてもいい。
ニーチェがいればいい。

そんなことを書くと、可愛げないけれど。
人を寄せ付けないオーラ、
ちょっと感動するぐらい、びっくりしてしまったわたしに、自分自身が驚いた。  


Posted by onetrue at 12:49Comments(0)

2016年04月13日

危険を知ること

『贖罪』(湊かなえ)の続きを読んでいて思い出したこと。

 小学生の頃、私は大規模な団地に住んでいた。
 毎週、特定の曜日になると「古新聞、古雑誌、ボロ布などありましたら…」と、廃品回収のトラックが回ってきた。あの頃は秤で重さを量ってトイレットペーパーと交換してくれていたと思香港BBA排名う。夏休み中、近所の友だちと遊んでいるとそのトラックがやってくる。そのうちなんとなくそのおじさんと顔見知りになる。
 
 団地の中の道路をゆっくりとトラックは行く。道路より団地の方が少し高くなり、トラックの荷台に飛び乗れるような高さの場所が家のすぐ横にあった。私たちはそのトラックが停車している間に荷台に乗り、積まれた雑誌をあさって読んだりしていた。おじさんはやさしくて何も言わなかった。次の種子基金 香港集積所までそのまま移動したりした。
 
 今から考えればそれだけでも危険なことだったけれど、最も危険だったと思い出すのは、ひとりだけ助手席に乗せてあげると言って、汗臭いおじさんが私を選んで抱え上げ、助手席に運んだことだった。その時の一瞬に何をされたのかが分かったのはもっとずっと後になってからで、その時はただ、選ば婚禮統籌文憑課程
れたと喜んでちゃいけないのかもしれないと感じ始めた。
 トラックは次の集積場に向かって徐行する。荷台にまだ友達が乗っているのが救いだった。次の集積所に止まると私はすぐに助手席から降り、後のことは覚えていない。
 廃品回収のトラックに群がって遊んだのはそれが最後だったはずだ。

『贖罪』の中では、夏休みに学校で遊んでいた小学4年生の5人の女の子たちに、作業服を着た男が声をかける。プールの更衣室の換気扇の修理に来たのだけど脚立を忘れたから誰か手を貸してくれないかなと、彼女らに協力を求めるのだ。女の子たちはそれぞれ自分が手伝うと申し出て、男から選ばれたひとりの女児に嫉妬さえした。けれどもその子は更衣室で殺されてしまう。残された4人はなぜか犯人の顔が思い出せずに事件は迷宮入り。被害者の母親から、必ず犯人を見つけろ、そうでなければ許さないと迫られ、彼女らに不幸の連鎖が……という話だ。

 怖い人といえば見るからに怖い人のことであり、無闇に大人を疑ったりはしないのが子供の頃だったと思う。でも本当に怖い人は、ごくごく普通に見える人の中に居る。「知らない人」じゃなくて「知っている人」の中にだっている。人を疑うことを学んできた過程をふと振り返る。  


Posted by onetrue at 13:27Comments(0)